〜 1996年12月7日〜8日 宴会旅行日記 後編 〜
(前編は、つまんないので全部省略)
目次
1 急行〔ちくま〕
2 飯山線
3 上越新幹線,信越本線
4 小海線
5 中央本線
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■■■■■■■■■■■■ 1 急行〔ちくま〕 ■■■■■■■■■■■■
12月7日、23時35分頃、名古屋駅の10番ホームにたどり着いた。
EF65に牽かれた長野行きの急行〔ちくま〕は、既に10番線に着いてい
た。中央本線の列車は、全てEF64のはずであるが、よく考えてみれば、東
海道本線を大阪から名古屋まで、EF64が牽いてくるはずもない。EF64
の運用区間は、せいぜい稲沢までである。
もっとも、このEF65が田端のものであったのは、ちょっと不思議だった。
急行〔銀河〕との共通運用なのだろうか。
先頭のスハフ12に着席した。ものすごくすいている。スキーシーズンには
少し早い土曜日の夜行なんて、こんなものなのだろうか。夜行列車を片っ端か
ら廃止したくなる気持ちも、わからなくもなくなってくる。
9番線に、枇杷島方向からEF64が来て停まった。やがて、大阪から来た
EF65が切り離され、代わりに、EF64が先頭に立った。
23時55分、発車。静かに、名古屋の街を見おろしながら走る。
もっとも、床下のディーゼルエンジンの爆音と振動は、常に伝わってくる。
神領電車区を通過。特におもしろい車両は見えなかった。
12月8日、0時35分、多治見着。同乗していた宴会仲間の1人と別れた
後、4人分の座席を占領し、眠りにつく。
目を覚ますと、洗馬で運転停車をしていた。また眠る。
次に目を覚ましたのは、篠ノ井到着の直前であった。外はまだ暗い。初めて、
ただでさえ少なかった乗客の3分の1くらいが姿を消してしまっていることに
気づいた。
長野に到着する直前、クモヤ90801が、古い車体のまま生きているのを
確認した。
思えば、昔、名古屋でも、クモヤ90が働いていた。名古屋駅のホームの端
には、オバケジャンパが常備されていた。
5時24分、長野着。まだ寝静まっている長野駅には用事はなかったし、時
間もなかったので、そのまま、飯山線の気動車に乗り込んだ。
〔あさま〕用489系の快速が篠ノ井方面へ発車した。軽井沢行きの快速で
あった。
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■■■■■■■■■■■■■■ 2 飯山線 ■■■■■■■■■■■■■■
5時30分、長野を発車。外は闇。
私が乗った一番列車は、キハ52が3両に、キハ28とキハ58がつながれ
た5両編成。一番列車にしては編成が長すぎる。途中で切り離され、上り(長
野行き)に化けるに違いない。
そう言えば、車内に、運転士と車掌を除き、乗務員が2人たむろしている。
この2人が、折り返す列車の運転士と車掌になるのであろう。
蓮あたりから、雪が目につくようになってきた。
飯山あたりで、やっと、空が明るくなってきた。
信濃平。雪が多くなってきた。雪・・・、おや、雪が降っているではないか。
6時26分、戸狩野沢温泉着。すっかり雪が積もったホームに降りる。ここ
で、後ろの3両が切り離され、やはり、長野行きの列車になるようだ。
昔、列車で野沢へ行った時、この駅に降り立った。当時は戸狩駅であった。
6時33分、2両になった一番列車は、戸狩野沢温泉を発車。
日本一の大河、千曲川の水面は、鏡のように落ち着いている。
6時38分、上境着。名所案内には、「野沢温泉 東4キロメートル 徒歩
1時間」と記されている。確かに、野沢までの距離は最も短かいのであるが、
現在、1時間かけて歩いて野沢まで行く人が、どれだけいるだろうか。
6時48分、桑名川着。キハ52の1両編成の長野行きの列車と交換。これ
が、山奥の普通列車の正しい姿である。5両編成なんて、どう考えてもおかし
いのだ。
6時52分、西大滝着。久しぶりの乗車客が1人。それまでは、1両に5人
くらいしかいなかった乗客が、ぽつりぽつりと降りていくだけであった。
7時10分、森宮野原着。長野県の北の端。昭和20年に、7.85mとい
う日本最高積雪を記録した地である。
信濃川と名を改めた日本一の大河は、依然として、落ち着いている。
やがて、信濃川を離れ、7時57分、十日町に到着。
列車は、十日町行きだったのだが、ここで、後ろの1両を切り離し、前の1
両が、そのまま越後川口行きに化けるとのこと。
車掌が、ホームの端にあるロッカーからレインコートと手袋を取り出し、解
放の作業を行なう。
8時22分、発車。日曜日の早朝の列車としては、わりと混んでいる
8時48分、越後川口着。乗客の大半は、上越線下りに乗り換え、上りの客
はほとんどいない。
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■■■■■■■■■■■ 3 上越新幹線,信越本線 ■■■■■■■■■■■
115系4両編成。新ナカの、クモハ114とクモハ115の2両編成を、
2本つないだものだ。
9時6分、越後川口を発車。いつの間にか、雪がやんできたのを思いだした。
9時26分、浦佐着。
ここでも、時間がないので、すぐに新幹線のホームに上がった。ホームの窓
から、駅に背中を向けた、右手を挙げている像が見える。あれが、田中角栄氏
であろうか。
〔とき404号〕の自由席も、空席だらけだった。ひさしぶりの200系。
国境の長いトンネルを抜けると、雪はなくなっていた。
10時17分、高崎着。まだ朝食を食べていない。“だるま弁当”と“鳥め
し”を買う。
〔あさま7号〕の自由席は、半分ほど埋まっていた。横川までの約20分で
“鳥めし”を食べた。
11時、横川着。碓氷峠を通過する際には、毎回“峠の釜めし”を買ってい
たのだが、今回は“峠の鳥もも弁当”を買った。
空気バネをパンクさせた、独特の振動を伴い、EF63に押され、碓氷峠の
急坂を登る。
11時21分、軽井沢着。軽井沢プリンスホテルの人工スキー場は、既に営
業している。
浅間山の頂は、雲に隠れている。
11時39分、小諸着。小海線の気動車を待つ。キハ111かキハ112で、
おもしろくもなんともない。
ホームの売店で、“藤村の一膳めし”を買う。思えば、小諸で駅弁を買った
ことはなかった。
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■■■■■■■■■■■■■■ 4 小海線 ■■■■■■■■■■■■■■
小淵沢行きの普通列車が入線。キハ112とキハ111の2両編成。
12時6分、小諸を発車。いつの間にか、左に見える浅間山から、雲が消え
ていた。
中込までは混んでいた。
12時33分、中込発。中込からワンマン運転となった。“だるま弁当”を
開く。
やがて、早朝の旅を共にした千曲川と再会。
13時42分、JRの駅の中では最も標高が高い野辺山に停車。乗客が少し
増えた。
13時53分、清里着。若い女性がグループ旅行を楽しむ季節ではないから、
この駅も暇そうである。
14時17分、小淵沢着。中央本線上り普通列車に乗り換え。115系の6
両編成である。
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■■■■■■■■■■■■■■ 5 中央本線 ■■■■■■■■■■■■■■
14時30分、小淵沢を発車。
日野春で、特急に道を譲る。それにしては停車時間が長すぎる。
防護無線を受信したそうである。
14時58分、日野春を発車。定刻は14時52分。
甲府着。特に興味はないので、座席から動かない。
山梨市着。また、防護無線を受信したということで、なかなか発車しない。
石和温泉付近で置き石があって防護無線を発報したとのことである。
15時45分、山梨市を発車。定刻は15時41分。それにしても、既に通
過した石和温泉の防護無線で停車するというのも、まぬけである。
17時9分、八王子着。
ここから先は、単なる通勤電車なので、省略。
19時頃、帰宅。“峠の鳥もも弁当”と“藤村の一膳めし”を食べた。
おわり
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