〜 1997年1月25日〜27日 新年会旅行日記 〜
目次
プロローグ
1 都会からの脱出
2 雪国
3 土合駅
4 越後の国
5 急行〔きたぐに〕
6 小浜線
7 西脇市
8 いよいよ名古屋へ
9 急行〔銀河〕
エピローグ
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■■■■■■■■■■■■■■ プロローグ ■■■■■■■■■■■■■■
1997年1月25日、土曜日。いつものように、午前6時に目を覚まして
しまった。
今日は、愛車を車検に出さなければならない。それで、朝、洗ってやること
にしていた。
外はまだ暗い。洗車にはふさわしくない。
7時まで待った。外を見ると、みぞれ。
「雨の中で洗車か」と、苦笑いしながら、バケツに水を汲み、外へ出た。
氷のように冷たい水で、土埃を落としてやる。
あらかた終わった頃、みぞれは、雨ではなく雪になっていた。
洗ったばかりの車体に、次から次へと積もる。
しかし、気温はわりと高いように感じる。放射冷却が起きないので、ガラス
が凍りつくことはない。
9時20分。静かに駐車場を出る。幸い、道路に雪は積もっていない。
東戸塚のディーラーに車を預けた後、10時頃には雪もやみ、10時30分
頃には、青空が現われた。
東戸塚駅まで歩き、横須賀線の上り普通列車に乗る。上りに乗ったのは、横
浜駅まで行き、買物をするためであった。
地下街をしばらく歩き、買物を済ませ、アパートへ戻る。
急いで入浴した。実は、前日は宴会だったので、入浴せずに眠ったのであっ
た。“昼シャン”(死語か?)になってしまった。
荷物をまとめ、ビデオデッキに録画の設定をした後、アパートを出た。14
時55分。
路線バスがあるのだが、今回は荷物が軽いので、歩くことにした。
15時20分、戸塚駅に到着。
横須賀線上り普通列車(1476S)に乗車。戸塚発1522。
横浜着1534。みどりの窓口へ向かう。
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■■■■■■■■■■■■ 1 都会からの脱出 ■■■■■■■■■■■■
乗車券の変更を、まだ、やってもらっていなかった。
1月17日に購入しておいた、“乗車券・急行券・B寝台券”の乗車券部分
だけを、変更してもらう。
東京都区内−横浜市内
経由:高崎線,上越線,信越本線,北陸本線,小浜線,舞鶴線,山陰本線,
福知山線,加古川線,山陽本線,東海道本線
あらかじめ、経路図を作っておいたので、少々ややこしい経路だったのだが、
簡単に変更してもらうことができた。
しかし、経路が複雑であるためか、通常の乗車券より長いものになり、自動
改札を通ることができないことを示す記号が印刷された。
蒲田までの乗車券を買い、ホームに上がる。
東海道本線上り普通列車(858M)に乗車。モハ112−602:静シス。
横浜発1550。
東京着1617。山手線内回りに乗車。モハ205−55:東ヤテ。東京発1620。
上野着1627。前橋行きの快速〔アーバン〕(3941M)は、ホームで待っ
ていた。
上野発1639。クハ115−1114:高シマ。車内には立っている客が多い
が、本庄あたりで、立ち客はいなくなった。
高崎着1806。ここで、万座・鹿沢口行きの普通列車(547M)に乗り換え
る。その後の長岡行きを待っても、結果は同じなのであるが。
高崎発1808。クモハ115−1017:高シマ。座席はところどころ空いて
いるが、短時間なので、座らないことにした。
ひさしぶりの半自動ドアである。
新前橋で客が増え、空いた席はほぼなくなった。
渋川着1829。向かい側のホームの屋根の上に、ペテルギウスとプロキオンと
シリウスがよく見える。雪はない。
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■■■■■■■■■■■■■■■ 2 雪国 ■■■■■■■■■■■■■■■
上り特急〔谷川10号〕が停車。緑色の帯が斜めになっている、〔踊り子〕
の塗色である。185−200系7両:東チタである。古巣へ戻ってきたのか。
続いて、上り特急〔草津8号〕が停車。こちらは、185−200系7両:
高シマ。正統派である。
長岡行きの普通列車(757M〜8753M〜1753M)に乗る。渋川発
1849。クハ115−1030:高シマ。1ボックスに1人程度。
高崎で乗り換える際に、横目で見て通り過ぎていた列車である。その時は、
乗っている客はほとんどなかった。
車窓は真っ暗であるが、陽当たりが悪いところには雪が残っていることがわ
かる。
そして、やがて、一面が雪となった。まだ、国境の長いトンネルは抜けてい
ない。
前の車両には、登山者とスキーヤーが数名。
巨大なホテル,旅館が並ぶ水上温泉の脇を過ぎ、水上に停車。
豪雪地帯の様相。
583系の〔シュプール上越4号〕が発車し、茶色のEF64 1001に
牽かれた、高タカの12系和式客車の団臨が、発車を待っている。
駅弁の販売は終了している。
ここをあてにして、高崎では買わなかった。
しかたがない。長岡で何かさがそう。
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■■■■■■■■■■■■■■ 3 土合駅 ■■■■■■■■■■■■■■
土合着1938。話の種に、降りてみる。
下りホームは新清水トンネルの中にあり、地上へ出るためには、486段の
階段を上らなければならない。これが、予備知識である。
実際に、その階段を見て、実感できた。お年寄りでなくても、つらいだろう。
まず、5段づつに小分けされた階段が92組ある。ただし、いちばん上だけ
7段になっており、これで462段。
それぞれの小分けのいちばん上の段の左隅に、そこまでの段数が書かれてお
り、自分で数える必要はない。
305段のところに、ベンチがある。
全長に亘って、左側に、広い溝が造られている。エスカレーターか何かを設
置する予定だけは、あったのだろうか。さほど明るくない照明の中で、ただ地
下水が流れているだけである。
462段を上りきると、防風のためか、扉がある。向こうの通路が少し狭く
なっており、ホームの方から、ものすごい勢いで風が流れ、背中を押される。
また少し歩くと、今度は12段の階段が2組あり、これで486段が揃った。
つきあたりに「改札口へ ここから17m」の看板。486段を上りきった
者にとって、ちょっと、笑える。
やっと改札口。もちろん無人である。
駅内では、5人の登山者が、食事&宴会の最中。「何人降りた」の問いかけ
に「1人」と答える。それだけの会話をした。
彼らは、明日の朝までここに滞在し、それから、谷川岳へでも登るのだろう。
待合室には、もう1人、寝袋に納まっていた。
駅の外は吹雪。外へ出る気にもならない。だいたい、雪の中を歩く装備など、
何も持っていない。
それでも、昼間は、ちゃんと駅員がいて、下りホームを見学する人に入場券
を売るようである。
他にすることがないので、ホームへ戻ることにした。
つい先ほど、苦労して上ってきた道を、ゆっくり下りる。
もちろん、下りきったところには、下りホームがある。
当分、列車は来ない。あらためて、トンネル駅を観察してみる。
複線型トンネルになっており、線路も2本並んでいる。ただし、向こう側の
線路には、ホームがない。そして、そのレールには、列車が走った痕跡がない。
使われていないのかとも思ったが、上を見ると、架線が張ってあり、ちゃん
と饋電されている。
事故が発生した時などに列車を停める、定点なのだろうか。
ひたすら孤独。他に乗る客がいるはずはない。
やっと、長岡行きの最終の普通列車(1755M)が到着。土合発2047。
クハ115−2041:新ナカ。スキーヤーが5人。
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■■■■■■■■■■■■■■ 4 越後の国 ■■■■■■■■■■■■■■
越後中里に停車。スキー場のナイター照明が、吹雪の向こうに霞む。
駐車場の向こうに、切妻の旧型客車が並んでいる。更衣室か仮眠室にでも使
われているのだろうか。
越後湯沢に停車。スキーヤーに代わり、地元の人々が乗る。
石内に停車。EF64 1000番台が重連で、ワキ5000を牽いて通過
して行く。
六日町に停車。宴会帰りとおぼしきオヤジたちが、やかましい。
長岡着2228。改札外へ出るため、精算所で復路専用乗車券を求めようとする
と、「〔きたぐに〕に乗るのなら、ここで急行券を買い、そのまま出よ」との
こと。宮内−長岡間の往復分の運賃280円が浮いたことになる。
私は、復路専用乗車券が欲しかったから、ちょっと残念であったが、好意を
無にするわけにもいかない。素直に、改札口の外へ出た。
改札内に待合室がないから、上越線から〔きたぐに〕に乗り換える客には、
改札外の待合室で待ってもらうという方針であろう。
駅の外へ出て、コンビニエンスストアをさがす。やっと見つかった。食糧を
買い込む。
また雪が降ってきた。
待合室で遅い夕食を済ませ、しばらく佇む。
〔きたぐに〕改札の案内放送。ホームへ下り、先頭の禁煙自由席の列につく。
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■■■■■■■■■■■■ 5 急行〔きたぐに〕 ■■■■■■■■■■■■
クハネ581−36:京キト。1ボックスを占領することはできないが、空
席は多い。
直江津で、私が座ったボックスには、他の客がいなくなった。下段寝台を組
み立て、横になったが、すぐに、車掌サンに注意され、黙って、もとの座席の
状態に戻した。
ともあれ、1ボックスを占領し、“く”の字形になって眠った。
1月26日、日曜日。短距離の利用客が意外に多い、金沢あたりでは、立ち
客が出そうになった。さすがに、1ボックスを占領してはいられない。なんと
か、空席をやりくりして、おさまった。
小松に停車。〔シュプール妙高・志賀5号〕が通過。
敦賀着 436。
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■■■■■■■■■■■■■■ 6 小浜線 ■■■■■■■■■■■■■■
キハ58+キハ28+キハ53の3両編成のディーゼルカーに乗り換える。
最後尾のキハ53 4:金ハマに乗車。
ワンマン仕様で、整理券発行機,運賃箱,運賃表示機がある。路線バスでは
おなじみであるが、さすがに、4桁まで表示できる運賃表示機には、そこらの
路線バスではお目にかかれない。
塗色だけは、青色を基調とした、新しいものである。前に立つキハ58とキ
ハ28は、そちらも急行色のまま。ワンマン仕様にはなっていない。
下りコンテナ貨物列車が停車。
駅本屋の脇を見おろすと、白いネコが、水溜りに顔をつけて水を飲んでいる。
コンテナ貨物列車の発車の音に「ビクッ」と反応したが、再び水を飲み始めた。
コンテナ貨物列車が、停車,発車を繰り返す。日本海縦貫線は、夜も忙しい。
白いネコは、いつの間にか、いなくなっていた。
普通列車(920D)。敦賀発 505。3両のディーゼルカーに、客は2人。
すぐに眠ってしまう。
いつの間にか、けっこう混んでいる。
東舞鶴着 651。ほとんどの客が、綾部行きの快速に乗り換える。
快速は見送ることにして、外へ出ることにした。
新しい高架の駅で、エスカレーターなどもある。
駅弁をさがしたが、8時から営業とのこと。
みぞれが降っている。
福知山行きの普通列車(244D)に乗る。キハ47 1107:福フチ。
東舞鶴発 713。
東舞鶴−綾部間は、舞鶴線という、別の線なのであるが、一般の客にとって、
そんなことは、どうでもいい。
発車直後、みそれは雪に変わった。
綾部着 748。
今度こそ駅弁にありつけると期待したが、ここは、8時30分からとのこと
である。
特急〔はしだて2号〕が停車。183系なのに、先頭車は、頭の上にも前照
灯をつけている。
福知山行きの普通列車(123M)は、113系の2両編成。基本的には湘
南色であるが、窓の下、緑色と橙色の間に、クリーム色の細い帯がある。
クモハ112−5307:福フチ。綾部発 808。
どこの地方でも同じなのであるが、高校生の女のコは、やかましい。もっと
も、宴会帰りのオヤジたちよりは、苦にならない。
その言葉を聞いていると、彼女たちも“京女”の一種であることがわかる。
福知山着 821。
ここでも、駅弁を買うことができない。代わりに、月見そばを1杯食べた。
〔タンゴエクスプローラー〕の正体がキハ65であることがわかった。
キハ58とキハ28の団臨が停車。高校生の団体である。
福知山線大阪行きの快速(2742M)に乗る。
クハ117−302:大ミハ。福知山発 852。
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■■■■■■■■■■■■■■ 7 西脇市 ■■■■■■■■■■■■■■
丹波竹田に停車。「反対列車待ち合わせ」という車内放送。その“反対列車”
は休日運休であり、出発信号機も既に青になっている。しかし、もちろん、定
刻にならなければ発車しない。
雪はやんだ。
谷川着 936。駅の外で、しばし、佇む。
西脇市行きの普通列車(830D)に乗る。
キハ40 2084:神カコ。谷川発1034。
日本へそ公園に停車。今日は、ここで降りるわけにはいかない。
西脇市着1102。街を、しばし、散策。
加古川行きの普通列車(746D)に乗る。
キハ40 2078:神カコ。西脇市発1216。
けっこう混んでいて、立ち客も多い。
加古川着1304。すぐに山陽本線に乗り換え。
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■■■■■■■■■■■■ 8 いよいよ名古屋へ ■■■■■■■■■■■■
長浜行きの新快速(3332M)に乗る。
サハ220−7:神ホシ。一見して競馬という客が多い。
大久保で、急行〔味めぐり但馬2号〕を抜く。“レトロ客車”となっている
が、車両の正体は確認できなかった。
右の、海の向こう側に見える島まで、巨大な斜張橋が建設されている。と言
うことは、あれは淡路島。意外に近くに見えるものである。実際に近いのであ
るが。
なんとなく、ボーッとしている間に、大阪,京都を過ぎ、米原着1522。
懐かしい音がすると思ったら、近江鉄道ではツリカケ電車がまだ走っている。
大垣行きの普通列車(406F)に乗る。
モハ116−53:海カキ。やっと、東海旅客鉄道の縄張りに入った。
米原発1553。すぐに銀世界になった。
近江長岡に停車。登山者が乗ってくる。伊吹山からの帰りか。
大垣に近づく頃には、また雪はなくなっていた。大垣着1625。
晴れ間が見えてきた。
往路最後の列車は、浜松行きの普通列車(586M)にした。
クモハ211−5002:海シン。大垣発1631。
樽見鉄道のレールバスは、いつの間に、あんなに派手になったのか。池田満
寿夫サンのイラストではないか。ハイモ230−312。
樽見鉄道のディーゼル機関車TDE10 1が、セメントタンク車を牽いて
すれ違う。
揖斐川,長良川を渡り、岐阜の街が見えてきた。残念ながら、駅前に、赤い
電車の姿は見えない。
岐阜を出ると、木曽川を渡り、愛知県へ。尾張一宮の手前から寄り添ってき
た名鉄と別れ、地上に下りると、左に広大な空き地がある。空き地の上に跨線
橋が架かっている。そして、稲沢。
左に、機関区が見えてくる。疎開留置の色褪せた機関車が放置されている。
右から、今度は新幹線が寄り添ってくる。稲沢からの貨物線が頭の上を越え
て右側へ。五条川信号場。そして、左には、キリンビール。
庄内川を渡ると、日比津の新幹線基地からの線路が新幹線に合流。左側では、
名鉄が地下へ潜って行く。
着いた。名古屋着1713。
慌てることはない。ゆっくり、地下鉄に乗り換えだ。
数時間後に再び訪れる3番線を後にした。
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■■■■■■■■■■■■■ 9 急行〔銀河〕 ■■■■■■■■■■■■■
改札口の前で宴会仲間と別れた私は、ひとしきり、新幹線改札口前、すなわ
ち、“壁画前”と呼ばれていたあたりを、歩き回った。
改札前へ戻り、しばらく、立ち止まって文庫本を読む。
「列車案内の〔ムーンライトながら〕の文字をバックに写真を撮ってほしい」
と、2人の男が声をかけてきた。これから〔ムーンライトながら〕に乗るので
あろう。
再び文庫本を開き、しばらく読んでいたが、0時を過ぎる頃には、しびれを
切らし、結局、0時10分にホームへ上がった。
1月27日、月曜日。
約束どおり、3番線との再会。しかし、当然のことであるが、人はいない。
4番線には、大府行きの普通列車が発車を待っている。キハ58とキハ65
のペアが4組、8両編成である。
0時14分に、東海道本線上りの最終列車は発車した。
5番線には、〔シュプール白馬アルプス〕が停車している。姫路から南小谷
というロングランである。車両は、大ヒネの381系である。0時22分、木
曽谷へ旅立った。
13番線をトラックが走って行く。そして、その向こう側を、DD51が牽
くコンテナやタンクの貨物列車が通過して行く。
3番線を2本のコンテナ貨物列車が通過した。どちらも、4分の3くらいは
空の、ひらべったい列車だった。
10番線を、今度は、黄色の作業車が走って行く。
0時53分。〔銀河〕が来ない。
ホームに案内放送が流れた。「〔銀河〕は、踏切事故のため、約10分の遅
れ」とのことである。
0時59分。やっと、EF65 1000番台の前照灯が見えてきた。
名古屋から〔銀河〕に乗る人なんて、そんなに多くはないだろうと思ってい
たが、ざっと見て、10人くらいいた。うち、若い女性が3人。
オハネフ25 37:大ミハ。寝台数は32で、下段は、私の参入で全て埋
まったが、上段は、3番から7番までの5つが埋まっているだけである。
名古屋発 102。
目覚しを6時に設定し、すぐ眠った。
翌朝、5時50分。大船到着の車内放送で起こされた。目覚しは不要だった。
6時8分、戸塚を通過。見慣れている通勤経路のはずであるが、こんな時間
に通勤をしたことがないので、印象がまるっきり違う。
東の空が青く、そして、赤くなってきた。
横浜着 617。
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■■■■■■■■■■■■■■ エピローグ ■■■■■■■■■■■■■■
普段は帰路として利用している経路で、戸塚まで戻らなければならない。
ゆっくり通路を通り、横須賀線のホームへ行く。
横須賀線下りの普通列車(529S)に乗る。
横浜発 629。モハE217−2027:横フナ。
これで、今回の旅行は終わりである。今日から、単調な勤務の繰り返しが再
開される。戸塚着 640。
おわり
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